科学史(科学の探究の歴史)
 
 わたくしたちがいま「物理」の教科書で学習する内容について、ずっと以前からわかっていたように勉強し
ていますが、長い地球の歴史からみればつい最近わかっただけなのです。その研究の過程をふりかえってみる
と、たいへん興味深いものがあります。寝食を忘れひたすら実験・観察・測定などの研究に没頭した研究者、
ひらめきを発見につなげた研究者がいました。すぐには研究成果を認められず、しばらく不運の人生を歩んだ
研究者もいました。しかし、「科学の真理はただ一つ」という信念にもづいた研究を深め、真理を追い求める
姿には賞賛に値するものがあります。これらを知ることは「物理」の学習にとってきっと重要な意味をもち、
科学のふしぎさに感動されるのではないかと確信します。さあ、科学の探究の歴史に旅立ちましょう。
(ご注意)内容については、概要であり、下記の実際の参考資料でご確認下さい。
 
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分野別
力学
熱とエネルギーの考え方の確立へ・・下記グループについて
デカルト(フランス、1596〜1650) 運動を運動量ではかった。
ライプニッツ(ドイツ、1646〜1716)運動はmv2 (”活力”といわれた)ではられるべき
ダランベール(フランス、1717〜1783)運動に関するエネルギー論を形成
ワット(イギリス、1736〜1819) 仕事の概念の形成
(1807)ヤングが ”活力”にかわって”エネルギー”ということばを用いた。
ランフォード(アメリカ、1753〜1814)熱は運動の転化したものであることを確信した
(1840)ジュールは、電流による熱の発生からジュールの法則を発見
ジュールの実験を行ない(1843〜1849)、熱の仕事当量を求め、熱がエネルギーの一種であることを確かめ
(1842)マイヤー(ドイツ、1814〜1878)化学反応、熱、力学的仕事の総量は不変であるという考えに到
達した。
(1847)ヘルムホルツ(ドイツ、1821〜1894)エネルギー保存則を提唱
 
ジェームズ・P・ジュールの人物像について
エネルギーの語源について
 
天体の運動
プトレマイオス(ギリシャ、150頃) 惑星は地球を中心とする第1の円軌道上で、さらに第2の円運動を行
うと考えた。
コペルニクス(ポーランド、1473〜1543)16世紀になり、地動説に到達した。
ティコ・ブラーエ(デンマーク、1546〜1602)25年の長きにわたり惑星を観測した。
(1609)ケプラー(ドイツ、1571〜1630)惑星の軌道は太陽を焦点とする楕円であることをつきとめた。
     (1619)惑星の運動に関するケプラーの法則を完成させた。
ガリレオ・ガリレイ(イタリア、1564〜1642)望遠鏡を作って観測し、地動説を確信した。
(1687)ニュートンは、偉大な著書「プリンキピア」を著し、万有引力と運動の3法則(慣性の法則、運動
    方程式、作用反作用の法則)をまとめあげ、現在われわれが学ぶ形の力学がここに完成したのである。
 
アイザック・ニュートンの人物像について
 
気体
気体の法則について・・下記グループの科学史について
アリストテレス(ギリシャ,BC384〜322)は,真空を否定した。
ガリレイ(イタリア,1564〜1642)は,真空の存在を示唆した。
(1643)トリチェリー(イタリア,1608〜1647)は、実験で大気圧の存在を示した。
(1648)パスカル(フランス,1623〜1662)は、さらに大気圧の存在を示す実験をした。
(1654)ゲーリケ(ドイツ,1602〜1686)が,マンデブルクの実験を行った。
(1660)ボイル(イギリス,1627〜1691)は、ボイルの法則を発見した。
(1787)シャルル(フランス,1746〜1823)はシャルルの法則を発見した。
(1778)ラボアジエ(フランス,1743〜1794)は,気体の燃焼理論をとなえ,熱容量の正確な測定を行なった。
(1802)ドルトン(イギリス,1766〜1844)は,断熱膨張で温度が下がり,断熱圧縮で温度が下がることを発見した。
(1807)ゲーリュサック(フランス,1778〜1850)は,気体の真空中への断熱膨張で,温度が変わらないことを発見した。
(1798)ランフォード(アメリカ,1753〜1814)は熱の本性が運動であると主張した。
(1857)クラウジウス(ドイツ,1822〜1888)やマックスェルは,気体分子の数が非常に多いことから,それらを統計的に取り扱い,気体のふるまいを分子運動の平均として説明しようと試みた。
(1877)ボルツマン(オーストリア,1844〜1906)は熱力学第二法則の証明を、確率の概念を導入することによってこれを成功させた
 
貴ガスの発見について・・下記グループの科学史について
(1795)キャベンディシュは、空気中に酸素と窒素以外の未知元素が含まれている可能性があることに気づ
いた。
(1892)ラムジレーリーは空気から酸素・水蒸気・二酸化炭素などを完全に除いた窒素の密度と、純粋窒
素の密度を測定し比べた。
ラムゼーは、空気から得られた窒素は不純物を含むと考えた。
(1868年夏)ロッキヤーたちは、太陽の彩層のスペクトルの研究をはじめて行なった。
(1895)ラムジは、ヘリウムが地球上にも存在することを発見した。
(1908)オンネスたちがヘリウムの液化に成功
(19世紀の半ば)メンデレーエフ「周期表の概念」を提唱
ラムジトラバースは、ヘリウムとアルゴンの間にまだ知られていない原子量20前後の新元素があると予想した。
 
気体の法則について
(1781)キャベンデッシュは水素と酸素の燃焼によって水ができることを証明した。
(1783)ラボアジエが水素と命名した。
(1787)シャルル(フランス、1746〜1823)は、シャルルの法則を発見した。
(1808)ゲーリュサック(1778〜1850) は、気体反応の法則を発表した。
(1811)アボガドロ(1776〜1856)はアボガドロの分子説を発表した。
 
(1661)ボイルの元素の定義
(1774)ラボアジエ(1743〜1794)質量保存の法則
(1799)プルースト(1733〜1804)定比例の法則
(1803)ドルトン(1766〜1844)倍数比例の法則、(1803)原子説を発表、(1808)円形記号を考案し、
     (1810)原子量を公表
 
波動
波の性質の研究・・下記グループの科学史について
ユークリッド(ギリシャ、前230〜275)は光の直進性、反射・屈折などを論じた
ピタゴラス(ギリシャ、前590〜510)は、宇宙は数を中心として調和を保っていると考えた。
ガリレイは共鳴現象を発見した。
ゲーリケ(ドイツ、1602〜1686)は、音は空気を伝わる振動であると考えた。
(1615)スネル(オランダ、1591〜1626)は屈折の法則を見いだした。
(1666)ニュートンは光の分散を調べた。
ニュートンデカルトは、光は空間を満たしている”エーテル”という物質の中を進む粒子であると考えて
いた。
グリマルディ(イタリア、1618〜1663)は、回折(1660)や干渉を見いだした。
レーメル(デンマーク、1644〜1710)は、光の速さの測定に成功した。
(1678)ホイヘンスは、ホイヘンスの原理を提唱した。
 
ドップラー効果の研究について
光の性質の研究について
 
電気
電流と電子の発見・・下記グループの科学史について
フランクリン(アメリカ、1706〜1790)は、雷雲の電気をライデン瓶に充電することに成功した。
(1785) クーロンはクーロンの法則を確立した。
ボルタ(イタリア、1745〜1827)は、コンデンサーを作った。
(1780)ガルバニ(イタリア、1737〜1798)は、2種類の金属とカエルの筋肉をむすび動物電気を発見。
(1799)ボルタは、銅と亜鉛の2金属と厚紙をはさんだものを積み重ね電池をはじめて作った。
(1827)オームは、オームの法則としてまとめた。
(1833)ファラデー(イギリス、1791〜1867)は、電気分解の法則を発見した。
ブリュッカー(ドイツ、1801〜1868)はガイスラー(ドイツ、1815〜1879)に依頼して真空ポンプ
    とこれを利用した真空放電管を作らせた。
(1897)トムソンは電子の比電荷emを測定した。
(1909)ミリカンは、電気素量の精密な測定を行なった。
 
電流の研究の歴史(ガルバーニとボルタ)について
放電の研究の歴史(ブリュッカー、ガイスラー、クルックスなど)について
クーロンとクーロンの法則について
ジョージ・S・オームの人物像について
 
電磁気学・・下記グループの科学史について
(1600)ギルバート(イギリス、1544〜1603)は磁石についての実験的研究を初めて行った。
(1799)ボルタ(イタリア、1745〜1827)によって電池が発明され、電流作用の実験が進む。
(1820)アンペールは、平行電流が及ぼしあう力を求めた。
ビオ(フランス、1774〜1862)とサバール(フランス、1791〜1841)は、電流の磁気作用の法則を発見した。
(1831年8月29日)ファラデーが、電磁誘導の法則を発見した。
(1832)ヘンリー(アメリカ、1797〜1878)は、自己誘導を発見した。
(1834)レンツは、誘導電流の向きを決めるレンツの法則を発見した。
(1864)マクスウェルは、電磁気現象を統一的に表す基礎方程式を導いた。
(1886)ヘルツは、実験により電磁波の存在に気づいた。
(1895)マルコーニ(イタリア、1874〜1937)は、電磁波を用いた無線通信に成功した。
 
原子
元素の発見・・下記グループの科学史について
17世紀に入り、ボイルらにより近代的元素観が育ってきた
ラボアジエをはじめとする化学者により分析化学の理論と技術が発達
デービー(イギリス)がアルカリ金属元素(K,Na)やアルカリ土類金属元素(Ca,Sr,Ba)を電気分解に
    よって単離した。
(1860〜1861)ブンセンキルヒホフがセシウムCs、ルビジウムRbを発見した。
(1869)メンデレーエフマイヤーによって元素の周期表が提唱された。
(1898)キュリー夫妻はポロニウムPo、ラジウムRaを発見した。
20世紀に入り、ラザフォードジョリオキュリー夫妻らにより、元素の種類を変える原子核反応
の理論が提唱された。
(1896)ベクレル(フランス、1852〜1908)は、ウラン鉱石から未知の放射線が出ていることを発見した。
キュリー夫妻(フランス、 マリー:1867〜1934、ピエール:1859〜1906)などにより、放射線を出す物質が次々と見いだされた。
(1902)ラザフォード(イギリス、1871〜1937)とソディ(イギリス、1877〜1956) が、放射能の機構について解明した。
 
アーネスト・ラザフォードの人物像について
フラウンホーファー線の発見について
 
光子の考え方と二重性について・・下記グループの科学史について
(1900)プランクがエネルギーをもつ粒子の考え方を導入。
(1905)アインシュタイン(ドイツ→アメリカ、1879〜1955)が光子の考え方で光電効果を説明した。
(1895)レントゲン(ドイツ、1845〜1923)が、X線を発見した。
(1912)ラウエ(ドイツ、1879〜1960)が、ラウエ斑点とによりX線の波動性が明らかにした。
(1912)ブラッグ父子(イギリス、父:1862〜1942、子:1890〜1971)は、散乱X線の干渉条件を見いだした。
コンプトン(アメリカ、1892〜1962)は、コンプトン効果を発見。
(1923)ドブロイ(フランス、1892〜1987)は、電子にも波動性があると考えた。
(1927)デビッソン(アメリカ、1881〜1958)とガーマー(アメリカ、1896〜1971)は、ニッケルの表面に電子線を当て、散乱された電子線の強度を調べた。
(1928)菊池正士(日本、1902〜1974)は、薄い雲母片に電子線を当て、X線によるラウエ斑点と同じような写真を得た。
(1884)バルマー(スイス、1825〜1898)は、水素原子の線スペクトルを表す式を示した。その後、ライマン系列(紫外線の領域、1906)パッシェン系列(赤外線の領域、1908)も発見された。
ラザフォード(イギリス、1871〜1937)の原子模型には、重大な難点があった。
(1913)ボーア(デンマーク、1885〜1962)は、水素原子についての理論をつくり、あわせてこれらの難点を解決した。
(1919)フランク(ドイツ、1882〜1964)とヘルツは、ボーアの仮定を実験により証明した。
(1919)ラザフォードは、原子核反応が起こったことをつきとめた。
ジョリオ・キュリー(フランス、1900〜1958)は、α粒子を衝突させてリンの放射性同位体をつくった。
 
原子論・・下記グループの科学史について
ターレス(ギリシャ、BC625頃〜547頃)は「万物は水からなる」
デモクリトス(ギリシア、BC460頃〜370頃)は原子論をとなえ、「宇宙は空虚な空間と分割不可能な原子からなる」といった。
アリストテレスは「地上の世界は土・水・空気・火の4元素からできている」といった。
17世紀になってガッサンディ(フランス、1592〜1655)が原子論を復活させた。
19世紀に入ってドルトンの原子論の確立。
(1869)メンデレーエフ(ロシア、1834〜1907)は周期律表をつくり、元素の周期性をもつことを見いだした。
(1604)トムソンは一様に正に帯電した球の中を電子がまわっているという模型を提唱した。
(1904)長岡半太郎(日本、1865〜1950)は正電荷をもった球のまわりを電子がまわっているという模型を提唱した。
(1911)ラザフォードガイガー(ドイツ、1882〜1945)らと実験により原子核が存在することを示した。
(1885)バルマー系列の発見。
(1890)リュードベリは、リュードベリの公式といわれる1つの式にまとめることに成功した。
(1905)アインシュタインは、プランクのエネルギー量子は光の粒子性(光量子)を示すものと考えて光電効果を説明した。
(1913)ボーアはリュードベリの公式から水素原子の理論を考えた。
(1914)ボーアの原子模型はフランクとヘルツによって実験的に確認された。
ドブロイの物質波の理論を経て、ハイゼンベルグ(ドイツ、1901〜1979)の行列力学(1925)と
シュレーディンガー(オーストリア、1887〜1961)の波動力学(1926)となって実を結んだ。
 
 
化学
ソルベー(ベルギー、1838〜1922)は、アンモニアソーダ法(ソルベー法)を考案した。
オストワルトが、硝酸の製造方法を発明した。
ハーバーは窒素と水素を直接反応させてアンモニアを製造するハーバー・ボッシュ法を発明した。
ボルタ(イタリア、1745〜1827)ボルタは1800年頃、ボルタの電堆を発明した。
(1865)ケクレ(ドイツ、1829〜1896)がベンゼン環を発見した。
 
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参考文献 数研出版株式会社 改訂版 高等学校 物理TB および 教授資料
     数研出版株式会社 改訂版 高等学校 物理U  および 教授資料
     数研出版株式会社 フォトサイエンス 化学図録
     東京書籍 新編 物理TB
     第一学習者 高等学校改訂 化学TB
     三省堂 化学TB 改訂版 CHEMISTRY