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せっけんも地球を汚す? 合成洗剤と どちらがいいか
 
 せっけんは合成洗剤より環境に優しい,という定説が揺さぶられている。有機汚濁が大きいなどの
欠点に対する認識も広まってきたからだ。せっけん運動を引っ張ってきた生活協同組合で,合成洗剤
を扱うところが増えてきた。「せっけん推進」の旗を降ろす自治体も出ている。洗剤は化学物質と環
境について考えるときに最も身近なテーマだが,二者択一ではなく,より総合的な視点が求められる
ようになってきているようだ。二回にわたって現状を報告する。(せっけん取材班)
 
自治体まで判断困った
 
 埼玉県は一九九九年五月,県全体でせっけん利用を推進していく方向を打ち出した。利用率の低下
に悩む「せっけん推進派」にとっては久しぶりに元気の出るニュースだった。 ところが結末は意外
な方向に。
 本当にせっけんが環境に良いのかどうか二〇〇〇年四月から検討していた専門家の委員会は,同年
十月結論を出せないまま解散した。推進の旗は事実上降ろされた。
 「いったん振り出しです」と,埼玉県大気水質課の担当者は少しばつが悪そうだ。県の施設で始め
ていたせっけん使用も取りやめた。「合成洗剤で何か問題が生じているのか。せっけんに変えると環
境は良くなるのか」という洗剤業界からの公開質問状に対して,具体的なデータが示せなかったのが
大きな理由だった。
 岡山県は九十一年に作った児島湖環境保全条例で,水質に悪影響の少ない洗剤を知事が定めること
にし,事実上せっけん推進をはかるつもりだ。専門家ら委員会が九十四年までかけて,分解しやすさ,
生物への影響,人体への影響について合成洗剤とせっけんを比較した。
 すると,期待とは異なり,「明確な差は認められなかった」という結果になった。 結局,条例が
できて十年もたつのに,知事が決めるはずの「環境に優しい洗剤」は,せっけんなのか,それとも合
成洗剤なのか,いまだにあいまいなままにされている。
 環境省のホームページにある「エコライフガイド」。「合成洗剤ではなくせっけんを使う」という
項目は,九十八年十二月に「洗剤の使用量は適量で」に変わった。現在は「洗剤・せっけんは適量に」
だ。
 「今の科学でわかっていることで,行政がせっけんを推進する理由は出てこない」と,せっけんと
合成洗剤の問題を研究してきた須藤隆一・埼玉県環境科学国際センター総長は話している。
 
有機成分多いのが難点
 
 せっけんが環境に悪いとされる一つの理由は,含まれる有機物の量が,合成洗剤より多いことだ。
 滋賀県は九十七年から九十八年にかけて,市販の合成洗剤,せっけんの水質への影響を調べた。そ
の結果,一回の洗濯に使う量で比較すると,せっけんには合成洗剤のおよそ三倍の有機物が含まれて
いた。
 有機物は微生物のエサになるが,量が多過ぎれば生態系のバランスを崩してしまう。 有機物が多
くても,せっけんは微生物が食べやすいから優れているといわれてきた。だが,合成洗剤も改良が進
んだ。琵琶湖での分解を想定した滋賀県の調査では,実験室のデータで見る限りは,せっけんとほぼ
同じ成績だった。
 九十年代に入り,地球環境全体の保護という視点が加わったことも,せっけんにとっては不利に働
いたようだ。
 せっけんは,一回の洗濯に合成洗剤より多くの量を使わないと十分な洗浄力が発揮されない。それ
だけ資源の有効利用という点で不利になる。また,例えばヤシ油が原料ならば,熱帯の資源を多く使
い,さらにヤシ園を作るために生態系に負担をかけることになるとの指摘もある。
 横浜国立大の大矢勝・助教授(洗浄学)によると,原料の生産,製造過程,輸送などを総合的に判
断するライフサイクルアセスメントの試算では,石油系原料の合成洗剤の方がせっけんより優れてい
るという結果があるという。
 せっけんは使われてきた歴史が長い。合成洗剤の成分である界面活性剤は,次々に新顔が登場する
が,それに比べると,せっけんには「とんでもない害が後からわかることは無いだろう」という安心
感がある。添加物も少ないので,化学物質全般を減らしていこうという世の中の動きにもあう。
 だが,「より安全」を求めることで,別の形で環境に負担を増やしていいのかどうか。日本中でせ
っけんを推進することが本当に環境に優しいのか,より詳しい検証が必要だ。
 
排水方法で使い分けを
 
 せっけんが優れているのは,水に住む魚,微生物などへの毒性が一番低い点だ。
 界面活性剤は下水道や合併浄化槽があればほとんどが分解されるが,洗剤の排水が直接小さな小さ
な川に流れ込むような場所では,生態系に影響を与える恐れもある。界面活性剤のうちLASなどい
くつかは「特定化学物質の把握と管理促進法(PRTR法)」の対象に指定されている。
 こうしたせっけんと合成洗剤の特徴を生かすため,大矢助教授は使い分けを提案している。
 生活排水が処理されずに小川に流れ込むようなところはせっけん▽水源の湖など,有機物を減らす
必要があるところは分解性の良い合成洗剤▽下水道などが整っていれば石油系原料の合成洗剤,とい
う考えだ。
 せっけんにすべき場所で,合成洗剤が使われているところも多い。逆に「下水道が整っている都市
部でせっけんを使うのはぜいたく」(大矢助教授)という面もある。だがアレルギーでどちらかはど
うしても使えないといった理由や,洗い上がりの好みなどもあり,強制は難しい。
 合成洗剤やせっけんは国民一人あたり年間約十キロも使われている。家庭で最も使われている化学
物質だ。年間の国内消費量は合成洗剤(洗濯,台所,住宅用)が約九十八万トン,せっけん(洗濯,
浴用)が約十八万トン。
 新潟大の高橋敬雄教授(環境工学)が,新潟市周辺の三十二世帯で調べたら,洗濯排水に含まれる
有機汚れのうち,衣類の汚れは十三.五%で,残りは洗濯そのものだった。わずかな汚れを落とすた
めに,大量の流されている計算になる。
 高橋さんは「洗う行為そのものに問題があることを知って,『着たら洗う』から『汚れたら洗う』
に変え,洗剤の量や洗濯回数を減らすなどの工夫が重要だ。せっけんか,合成洗剤かという二元論よ
り広い目を持とう」と言う。
 合成洗剤をせっけんに変えるだけで,水環境の問題すべてが解決するわけではない。両方とも使用
量をなるべく減らし,総合的に環境負荷が小さい方向を探る必要がある。
 
平成13年(西暦2001年)1月8日(月)朝日新聞
 
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