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本業に回帰 「奇策なし」成長性にかける
 
 「社内の強硬な反対を押し切って私が決断した」
 総合重機械メーカー、石川島播磨重工業の武井俊文社長は、平成十二年七月に日産自動車から航空
宇宙部門を、日産の従業員千二十人とともに三百六十億円で買収する前に、社内で”けんけんごうご
う”の論議が戦わされたと、明かす。
 それもそのはず。十二年三月期の決算は海外プラント工事の不採算などで、連結で七百八十九億円
もの最終赤字に転落した直後。しかもリストラで人員削減を進める中で、千人を超える人員を引き受
けたのはだれの目にも「矛盾」と映った。
 さらに、十年二月と十一年十一月の二回にわたり純国産「H2型ロケット」打ち上げ失敗が続き、
航空宇宙事業の先行きには黄信号がともっていたからだ。
 「しかし」と武井社長は身を乗り出す。「モノづくりを新骨頂とする日本の製造業として、目先の
問題にかかわりなく製造業の頂点に返って、質が高く成長性もある技術分野にかける。希策はない。」
と、社内や金融機関を粘り強く説得して回ったという。
 日本の産業界は、あたらしいビジネスチャンスとして異業種、特に金融への参入が盛んに行なわれ
つつあるが、その一方で、バブルの反省と処理から、自分たちのよってたつところを再確認する動き
も出ている。
 総合重機械業界は、日本を代表する製造業として戦後の復興期を経て、造船で世界一に輝いた実績
と自信がある。「ものづくりの自信を取り戻すための象徴としても、航空宇宙事業の発展は欠かせな
い。」と武井社長は、二十一世紀に「本業への回帰」を果たす決意を心に誓っている。
 「本業を立て直さずにダイエーの将来はない。」ダイエーの時期社長に決まった高木邦夫顧問はこ
う強調する。ダイエーグループはバブル期の過剰投資処理の遅れから借入総額は一兆七千二百億円に
ものぼる。店舗でいくら稼いでも、利払いで利益のあらかたが消える。経営は火の車だ。
 危機感を募らせた主要取引四行は、急きょ総額千二百億円の増資を決定し、五千億円の融資枠も設
けて前面支援に乗り出した。その条件は「本業回帰」だ。融資銀行のある役員は「小売り以外の事業
はどんどん切り捨てればいい」と言い切る。
 ダイエーは、銀行から資金を借りて外食産業、ホテル、不動産事業からプロ野球球団、球場経営ま
で事業領域を限りなく拡大させた。こうした戦線拡大は”カリスマ経営者”の中内功氏の長年の「夢」
だった。そのツケが本業を強く圧迫している。
 総業者の「夢」を、入社以来、中内氏に目をかけられてきた高木次期社長がどこまで”破壊”でき
るかは未知数だ。しかし、「創業以来の正念場」と腹をくくる中内氏自身が、「小売業」という原点
に戻らなければ生き返れぬことを最も痛感しているに違いない。
 房総半島の西海岸、東京湾に面する千葉県君津市に、ゼネコン(総合建設業)のハザマは、百二十
一ヘクタールの用地を買収してゴルフ場開発を進めていた。「請負建設業から脱却し、自らが事業主
体として新たなビジネスを作り出す」(ハザマ)のが当初の狙いだった。しか
し景気回復のスピードは遅く、ゴルフ場会員権の販売見通しが立たないまま、土地買収費や造成費の
約九十億円が「損失」となって残された。ハザマは十二年九がつ決算で、君津など各地のゴルフ場開
発会社七社すべての精算を発表せざるを得なくなった。
 経営危機に陥ったハザマは、金融機関に約千五十億円の債権放棄を要請したと同時に再建計画を発
表し、「今後は本業に経営資源を集中する」と明言した。連結決算の本格化で、今まで関係会社につ
け回していたゴルフ場開発などの含み損の表面化が避けられなくなったのだ。
頼みの公共工事も厳しい国民の批判の前で予算拡大は望めない状況に、ハザマに限らずゼネコンはい
ま、いかに請負建設業という原点に返って経営再建にのぞむか、必死に智恵を絞っている。前田建設
工業は、住宅などの修繕事業に乗り出すことになった。作りっぱなしではなく、息の長い仕事に取り
組むのだ。これも一種の本業回帰の精神だろう。
 製造業、小売業、そしてゼネコン−。日本のさまざまな業種がバブル崩壊後の十年間に多くの問題
に困窮し、思惑がはずれ、立ち往生した。このまま日本は沈んでいくのか。岩手県立大学の西沢潤一
学長は「勤勉といわれ、汗水たらして必死に手足を動かしてきた日本人の原点
に立ち戻ることが、二十一世紀の日本を再び成長軌道に乗せる唯一の道」と説く。まさに「希策はな
い」。
 
世紀をまたぐ  第2部 日本再編
産経新聞・世紀移行取材班 平成13年(西暦2001年)1月10日(水)
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