Newsメニューにもどる
 
21世紀まずこれをやろう
理数科教育・ゆとりは産業界を脅かす
 
 「カネカ」で知られる大手化学メーカー、鐘淵化学工業(本社・大阪市)の高砂工業所(兵庫県高
砂市)には技術学校が設けられている。ここで数年前、新入社員教育のためにこんなプログラムが加
えられた。
 「ドーン」という音とともに炎が広がる粉塵爆発の体験。ノコギリのひき方から教えて、いすなど
を作るものづくり実習・・・といった内容だ。
 「学校では、理科の実験がほとんどなくなり爆発を目の前で見たことがない。工具の名前も知らず、
ドライバーの使い方さえ危うい。」と、同社の人事担当者は嘆く。
 学校が十分にやってくれないから、メーカーの社員として身につけておくべき爆発の怖さから、も
のを作る楽しさまで、企業が自前で教え込まなければならないというわけだ。 文部科学省が進める
「ゆとり教育」に対して「それでは基礎学力が低下する一方だ」と各方面から反対の声が上がってい
る。小・中・高校での学力低下のつけは大学に持ち込まれ、さらに企業に回ってくる。
 「資源のない日本の経済を支えてきたのは人材なのに、このところ質の落ち込みがひどい。このま
までは十年もたたないうちに日本は国際競争で完敗するだろう。」人材が存亡にかかわるだけに産業
界からはこんな声が相次ぎ、教育への危機感、不信感は強くなるばかりだ。
●米の危機感
 米国は一九八三年、「危機に立つ国家」と題した報告書をまとめた。副題は「教育改革のための至
上命令」。
 「米国の工業生産力が低下し、急速な技術革新に対応できない原因は、大衆の知的水準質的低下を
もたらした学校教育にある」と分析。新しい基礎教育を指定し、年間授業日数を増やすことや、小中
学校で繰り返し学力テストを行うことなどを打ち出した。
 九〇年には大統領教書で六項目の全米目標を発表。なかでも数学と理科の教育水準向上に国をあげ
て乗り出した。製造業の振興をはかる大阪工業会で産業政策委員長を務める下谷昌久氏(オージス総
研会長)は「それが今、米国のベンチャー企業の隆盛、産業界の活力源になっている」と指摘する。
 こうした米国の危機感とは対照的に、日本はこの間「ゆとり教育」を推し進めた。理科や数学の授
業時間は減り、例えば昭和三十−四十年代には小学校六年間に理科の授業時間は六百二十八時間あっ
た。ところが平成四年時点では四百二十時間まで減った。
 また、高校での物理履修率はいまや一〇%強に過ぎない。大学の受験科目が少なくなっているため
で、「物理を勉強せずに大学の工学部に入ってくる学生も増えた」(熊谷信昭・元大阪大学長)
 「数学でも証明の問題が減り、自分で問題を発見して、それにどう対応するかを考える力が落ちて
いる。その結果が、企業での指示待ち族の増加」と下谷氏は嘆息する。
 戦後、欧米の経済力に追いつくため、日本企業が求めた人材は組織協調型だった。いま、グローバ
ル化が進み世界的な大競争時代に入って求められる人物像は大きく変化した。 「理科と数学、国語
の基礎がしっかりしていて知識や技術の吸収力があり、創造的な仕事のできる人材こそほしい」(鐘
化の人事担当者)。この現実的で緊急の課題差し迫っているのに、文部科学省や教育界にはいまだに
「ゆとり」への偏重がある、と産業界をいらだたせる。
●企業の自衛
 戦力ダウンは企業にとっては致命的。座して待つわけにはいかないと人材確保の”自衛策”を模索
する企業も多い。三洋電機(本社・大阪府守口市)は主に大学卒業後、大学院修了者を対象に一年契
約の「オーナーマインド制度」を導入した。起業家精神に富んだ人材を一般の
学卒より高待遇で雇用するシステムだ。すでに「特殊なビジネスソフトを開発したい」などという若
者七人を採用した。
 「基礎もできていない新入社員を、時間をかけて育てる余裕もなくなってきている」(大手機械メ
ーカー)ことから、ここ数年、中途採用も増加している。しかし、日本の産業界全体でみれば、やは
り基礎学力がしっかり身についた人材を公教育の中で育成することが欠かせない。
 産業界の危機感に拍車をかけているのが、平成十四年度から導入される新学習指導要領だ。小中学
校で学ぶ内容がさらに三割程度削減される。中学の理科の内容は一部が高校に移される。高校では理
科の各教科が選択制になるため、ますます不十分になりそう。 科学的な思考力の養成、教科を求め
る声は強い。下谷氏は「理科教育をさらに三〇%減らせば、日本経済、特に製造業を支える人材など
育つはずがない」と断言する。
(記者:寺田泰三)
産経新聞 平成13年(西暦2001年)2月1日(木)
 
Newsメニューにもどる