音の慎み 他者を不快にさせぬ食事マナー
柴崎直人の食う寝る作法に読む作法
 
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 あるフエラワーデザイナーさんの話です。作品展のたびに同じ顔ぶれのアシスタントさんにお手伝
いに来てもらっていたそうですが,なかに一人,食事の際にピチャクチャ音をたてる人がいたそうな。
最初のうちは食事のタイミングをずらすなどして対処していたそうですが,どうしてもガマンできず,
ついにお暇を出さざるをえなかったとか。
 「かなり腕の立つ人だったんですけどねえ」とは彼の弁ですが,それにもまして譲れない部分があ
ったというわけです。
 この「音問題」。相手の人格に関わる内容だけに,そうそう注意するわけにもいかないのが実情の
ようです。もちろん,他者を不快にさせる咀嚼(そしゃく)音は慎むのが常識ですが,世の中にはそ
れとは違う価値体系に生きている人も少なくないようです。
 先日,礼法を教えた後の会食のとき,高校生でしょうか,中の一人が昨晩の出来事を語り始めまし
た。
 「ねーあのさー,昨日ねー,カレシの家でごはんしたわけー」
 どうやら向こうのお母さんとは初対面だった様子。その大事な場面で何やらしくじったようです。
 「でさー,メシ食ってたらさー,なんかヤな目でみてのー」「てゆっかー,勝手にムカツイちゃっ
てさー」「あんたおウチでもそんな食べ方してんの?だって。なにそれー,ムカツクーっ,てカンジ
ー?」
 ・・壊れちゃってる日本語を聞いてるだけでこっちがむかむかしてきましたが・・・。そりゃ一体
どんな食べ方をしてたのだろう,と観察し始めたとたん合点がいきました。
 左手はひじからさきを右方向にテーブル手前に横たえ,そこに重みをかけて上体が斜にかしいでい
ます。右手のはしは「握りはし」。こちらもご丁寧にひじを突き,手首から先がフリフリとよくまあ
動くこと。唇を半開きにしてガムをかむように左右に食物を咀嚼する面持ちは類人猿のそれをほうふ
つとさせ,感情の赴くままに声を荒らげるさまは怪鳥の雄たけびを思わせます。
 足を組んで背を丸め,口中のモノを披露しながら耳障りな声でわめく女の子・・・。カレシのお母
さんでなくても,大事なわが子を近づけたくなくなること請あいでしょう。
 「いただきます」もなければ「ごちそうさま」もない。嫌いなものは当然のように残し,湯飲みを
わしづかみに片手ですすり飲む・・・。食事を「ありがたいもの」と実感しないままに生きてきた,
「育ちの悪さ」の見本市とでもいうべき哀れな姿でした。
 食べ物をありがたく心地よくいただく。これが食事作法の根源です。咀嚼音や傍若無人な振る舞い
で他者を不快にさるのはその根源にもとる行為。厳に慎みたいですね。
(小笠原流礼法総師範,学習院大学講師,聖徳大学附属中高等学校)
 
平成13年(西暦2001年)5月26日(土)産経新聞
 
 
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