勝山古墳
 
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長さ41センチメートル,幅26センチメートル,厚さ2.5センチメートルのヒノキの板材というから,
大ぶりのまな板みたいなものか。テレビで見ると,ささくれ立ってなかなか風格がある▲奈良県桜井
市の勝山古墳から出土した木材を奈良文化財研究所が年輪年代測定法で調べたところ,ただの板切れ
ではなく,伐採時期が紀元199年プラス12年のヒノキ材と判明したという。つまりこの板は1802年
〜1790年間に及ぶ歴史を黙々と担っていたことになる▲物言わぬ板材にかわって奈良県立橿原考古
学研究所と奈良県文化財研究所が明らかにしたところでは,勝山古墳の築造時期は3世紀前半にさか
のぼり,最古の古墳となる可能性が大きい。さらに邪馬台国の女王,卑弥呼の時代にぴったり重なる
そうだ▲1枚の板材が古墳の築造と卑弥呼とを結びつけるのだから考古学は面白い。勝山古墳は奈良
盆地の東南,纒向遺跡にある。遺跡は広大で,3世紀前半のマチの広さは1キロメートル四方に及ん
だ。最盛期の3世紀後半には1.5キロメートル四方になり,古代の藤原京や平城京にも勝るとも劣ら
ない規模という▲土木工事の跡も随所にうかがわれ,両岸をヒノキの矢板で護岸した巨大な運河跡は
推定総延長2.6キロメートルに達し,祭祀用のミニチュア木製曳き舟も多数出土している。実際に運
河を行き来する物資運搬船をかたどったものらしい。纒向遺跡は,ヤマト王権の最初の王都と考えら
れる▲纒向遺跡の特徴を指摘した橿原考古学研究所の寺沢薫氏は「規模が巨大なだけでなく,三世紀
の日本列島でこれに匹敵する政治的,祭祀的な遺跡を他に探すことはできない」と書いている(「日
本の歴史」02「王権誕生」講談社)。こんどの発見で邪馬台国の卑弥呼はすぐそばまで来た。が,姿
はまだ見えない。
平成13年(西暦2001年)6月1日(金)毎日新聞・余録
 
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